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7/13/2026

鳥,ウナギ,キウイ,死神,鷹,トライバル,カラス,宝珠,太陽

だいぶ暑くなってきましたねえ。

体調に気をつけましょうね。





今回はイラストメイキングです。

今年のテーマ、フューチャーレトロシリーズです。

ウサギとサメの形をした乗り物のデザインをしました。

ここまでの過程をお見せしてませんが、結構時間がかかります。





アクリル絵の具で塗っていきます。

いつもと違って、2つのデザインを同時進行で塗っていきます。






毎年、テーマを決めてイラストを描いています。

それはどんなジャンルもこなしたい、欲張りな僕が自分の不得意なポイントや、深掘りしたいところを1年である程度習得する為にやってます。



 


フューチャーレトロなタトゥーを彫りたいわけでは無く、色んな引き出しを増やすことで、デザインの幅が広がるんですよねえ。。

実際タトゥーではカラー作品は少ないですが、こういうイラストで勉強しておかないと、いざという時にアイデアが出てこないんです。






沢山の色を使ってますが、統一感を意識してるのでハデハデにはならず、レトロ感も出てるかなと。

今更ですが、ウサギはバイクで、サメは潜水艇です。





完成しました。

フューチャーレトロシリーズ。5枚目で8個くらいデザインしたけど、着実に成長してます。

後半年したらだいぶ面白いのが描けるかな。。



またタイムラプス動画作りましたー。


7/06/2026

カラス,弾痕,ホルスの目,コウモリ,ホクロ,カエル,ペンギン,美人画,軍鶏,バク

今回のブログネタは、永久保存版ってくらい思い入れのあるものです 。

熱い気持ちで書いております。

いつもは冷めてる訳じゃないけど。。。



僕の家から近い、岐阜県鵜沼市にある「成田山 貞照寺(ていしょうじ)」、別名「金剛山桃光院貞照寺」に行ってきました。

実は行ったのは昨年の11月。ブログ書くのに時間がかかりそうで、時間がある時にって思ってたら今になっちゃいました。

以前のブログでもここは紹介していますが、僕が以前は知らなかった内容も紹介させて頂きます。





ここはお気に入りの場所で、静かな山間にあり、建築的にも素晴らしいところなんです。

このお寺は1933年(昭和8年)に健立されました。

ここは日本最初の女優、川上貞奴(さだやっこ)さんが個人の私財で建てたところなんです。



その貞奴さんの生涯を紹介します。

1871年(明治4年)に東京、日本橋で生まれます。

質屋を営む小山家の十二女として誕生(本名:小山貞)。実家の没落により、幼くして芳町の芸妓置屋「浜田屋」の養女となります。

芸妓さんの道へ進みます。

その後、類まれな美貌と日本舞踊の名手として一躍トップ芸妓へ。

当時の総理大臣など、政財界の超大物たちから、大いにひいきにされてました。

しかし、1894年、役者と結婚しちゃいます。

「オッペケペー節」で一世を風靡していた書生芝居の興行師・川上音二郎と結婚。破天荒な音二郎を陰で支え、多額の借金返済にも奔走します。




貞照寺に戻ります。

写真は本堂の周囲を囲む8面の「堂羽目板(どうはめいた)」と呼ばれる木彫りレリーフの1つです。

8枚のレリーフは貞奴がその波乱万丈な生涯において、窮地に陥った際や重大な決断を下す際に、いかに不動明王への信仰によって救われ、導かれてきたかを時系列で追える物語形式になってるんです。

とても芸術性の高いもので、最初に見た時はそんなストーリーも知らずに、美しさに惹かれ写真を撮りまくりました。。





まだ日本では女性が役者をやるとか許されない部分もあって、なんとアメリカに川上座の一員として渡ります。

相当苦労したみたいです。

その後ロンドンやパリで公演を行い、パリ万博でその妖艶な悲劇の演技が大絶賛されます。

ブログのアール・ヌーヴォーを語った時にも書かせてもらったパリ万博。

浮世絵など日本の凄さが世界に広まり、ジャポニズムというムーブメントが起こったパリ万博の第5回目、1900年に登場して「サダヤッコ」旋風が起こります。





これはライセンス契約した着物販売の当時の広告です。

貞奴ブランドの着物や香水、お菓子などがフランスで販売されていました。






こちらはなんとあのパブロ・ピカソが19歳の時に舞台で踊る貞奴を見てスケッチしたものです。

当時の影響力がうかがい知れますね。





写真は僕のお気に入りの場所、本堂からの眺めです。


貞奴ですが、その後帰国します。

日本の演劇界を発展させるために「帝国女優養成所」を設立。後進の育成に力を注ぎます。

そして1911年に夫・音二郎が急逝。

1917年の公演を最後に「私は音二郎の妻として生まれ、女優としては音二郎とともに死んだのです」と言い残し、46歳で舞台を引退しました。



100年前と現代を行ったり来たりする内容で、うまく纏められませんがすいません。。

狛犬ですが、獅子というよりちゃんと犬。

下に書いてあるのは、松竹キネマ株式會社 (現在の松竹の映画部門の前身)。

日本の演劇・映画界を代表する大企業の基盤を作った実の双子の兄弟、白井松次郎」と「大谷竹次郎」の名前があります。

因みに、彼らの名前から一文字ずつ取って「松竹」という社名が生まれました。





貞照寺は芸能の神として崇められ、多くの芸能人が訪れるんですよ。


貞奴の歴史に戻ります。

幼馴染であり、のちに「電力王」と呼ばれる福澤桃介の事業を支えるパートナーとなります。

福澤桃介さんは、福沢諭吉の娘婿。

木曽川に大井ダムを作って電力供給に力を入れたり。日本の為に貢献した人で、まあ大金持ちです。







2人は名古屋市東区に建てた和洋折衷の邸宅(現在の「川上貞奴邸・二葉館」)で共に暮らし、社交界の中心として活躍しました。

どういうこと?ってなるよねえ。要はめかけさん、愛人ってことです。

1920年、その愛人と暮らす為にとんでもない豪邸を建てます。

福澤桃介は木曽川の電力開発事業の本拠地として名古屋を選びました。

写真は10年前に僕が行った時に撮ったものです。





その豪邸内に飾られてる絵。

このアール・ヌーヴォー調で描かれた絵はなんと、アルフレード・ミュラーによって描かれた1900年パリ万博の川上貞奴公演ポスターのレプリカなんです。





文化のみち二葉館は入場料200円で入れます。カフェもあり、白壁マダムたちの憩いの場になってます。。

せっかくの豪邸もチャラい男のせいで台無し。。

これも10年前の写真です。





2人の幸せな時は終わりを迎えます。

1932年に桃介は引退します。事業を息子に譲り、東京の妻の元へ帰ります。

その翌年、1933年に貞奴は全私財を投じて、貞照寺を創建し、自らも入山(出家)します。

一大決心だったんですかねえ。立場や引き際をわきまえた、大人な別れだったと思います。






貞照寺本堂から奥へ向かうと、池があったり自然豊かな細道が続きます。

その脇には子育水子地蔵尊の群生があり、その写真です。

世の女性の哀しみや苦難にも深く寄り添った貞奴が開創したお寺だからこそ、この静かな奥の地で多くの人々の切実な祈りや供養を受け止める場所となっています。

1938年、桃介は亡くなります。

貞照寺の別名「「金剛山桃光院」の「桃」は、桃介から取られたものです。

まだ愛があったんでしょうね。。。

1946年、享年74で貞奴も亡くなりました。





さらに奥へ向かうと、とても静かな場所に貞奴のお墓があります。

本人の希望でここに眠っています。

とても神聖さを感じる場所です。





お墓の前には、それは美しい観音像が立っています。

その観音像が向いている方向に大井ダムがあり、大井ダムを見守っています。

いつも寺院に行っても手も合わせないバチ当たりな僕ですが、ここでは手を合わせずにはいられません。

以上、簡潔に書きましたが、貞照寺を紹介しようとすると、貞奴さんに触れずには語れないんですよ。。。

全然関係ないけど、三輪さんのご冥福もお祈りします。



6/29/2026

タロット,ハムサの手,デビル,カラス,キャラクター,キリスト,ウナギ,アナゴ,桃太郎

 やっぱり東海地区は台風被害が出なくて良かったですね。

地震も無いし、なんか急に来ないか怖いですよねえ。。

震度2くらいでも8階にあるスタジオはゆらゆら揺れます。

これから台風の季節ですねえ。気をつけてくださいね。





長々と続いております、今回も台湾旅行記です。

前回からの続きで、3日目の夕飯後に、タクシーでホテルへ向かいました。

台北市の都会はあまり日本と変わらない街並みですね。





国際免許取ろうかなあ。。

レンタカーで移動したらもっと自由度が増すだろうなあと。





この辺りは金融街で都会ですねえ。

松江南京(ソンジャンナンジン)駅周辺なんですが、日本企業も多く、日系飲食チェーン店も多く、個人的には興味無いところですが、交通の便はいいです。

ホテル側のミスで泊まるホテルが変わってしまったって事もあるし。。






ホテルに帰る前にセブンイレブンに寄っていきます。

店のカラーが違いますね。

ここだったか、若い男性店員さんに何か聞いたら、普通に日本語で話してきて驚きました。

大学生のアルバイトなんだろうなあ。頭いい。





コンビニ内にはこんなコーナーも。

右から茶葉蛋(チャーイエダン)
お茶や八角などの香辛料で殻ごと煮込んだ、台湾コンビニの定番煮卵です。

隣の鍋とその隣は關東煮(おでん)です。
日本のものと近いです。

その左の透明容器にちくわみたいなものが見えますが、蒸しとうもろこし(玉米)です。

その奥は現烤地瓜(焼き芋/蒸し芋)です。

以前台湾の南部、高雄市に行ったとき、コンビニ内でおじさん2人が酒盛りしてて、床に空きビール缶が散乱しててビックリしました。

おつまみはいっぱいあるし、コンビニが飲み屋になってもおかしく無いかあ。。





これは帰国後、支出表にレシートから入力してた時のもの。

レシートだと思っていたものが違いました。

レシートと一緒に渡される現金が当たるクジなんです。

後に当選が発表されます。ただ、現地じゃないと貰えないから意味無し。。

捨てました。





正面の「台北馥華商旅」って看板のところが泊まった「フォワードホテル台北」です。

写真はGoogle mapsより。

外国人向けなのかどこもホテルの名前が英語と中国語の2つあるからややこしい。



廊下の写真は撮ったけど、疲れてたからか部屋の写真は撮ってませんでした。

普通の三つ星ホテル。一泊10500円くらいで平均的。

今回の旅行では一番高いところですが、普通のホテル。。

もう少し安い部屋もありましたが、ベランダ付きにしてもらいました。

台湾はどこも室内禁煙なんで、一応ベランダがある部屋にしました。




翌朝の写真です。

これがベランダ。。。1畳も無い。。

外で景色見ながら酒でも飲もうと思ってたのに、一度も外に出ませんでした。。





またGoogle mapsの写真。

この角部屋。ちっちゃいベランダが縦にならんでいます。飾り程度の。。

ベトナムでもベランダ詐欺で騙されたのにまたやっちゃった。。





バイキングの朝食ルーム。

これもGoogle mapsから。

あまり混んでなくて快適でしたが、これまでの食事の中で一番記憶に残らない食事。。

ホテルで食べることはあまり無いんですが、朝食が付いてきたので少しだけ頂きました。





ザ・朝食って感じ。これにコーヒーも頂きました。味は想像通りです。

だいぶ旅の疲れが出てた頃でしたが、この日はもう帰る日。

最終日は移動も多いし、気合い入れて頑張ります。


次回、最終回です。


6/22/2026

龍,鳳凰,カバーアップ,桃太郎,カラス,連獅子

今日は6月22日、カニの日です。

蟹座が始まる日だからだそうですよ。


 

今回はイラストメイキングです。

今年のテーマ、フューチャーレトロでやってますが、スタジオベスパの架空の看板デザインを考えてみました。

アメリカの沿道に立ってる、デカくて派手な看板イメージです。




下絵を水彩紙にトレースし、パネルに水張りしたところです。





下地にムラが出来ちゃったんですが、気にせず。

色を塗っていきます。





結構パーツが細かいので大変。。

配色を探り探り選んでます。





それらしくなってきました。

今思うと、「TATTOO STUDIO」部分は2行にすれば良かったです。

三角にも合うし、読みやすい。




サインを入れて完成。

スタジオに飾ったんですが、タトゥーらしい黒のアウトラインをあえて少なくしたせいで、他のイラストよりインパクトが弱かったです。





次はもっと頑張ります。


6/15/2026

キャラクター,般若,龍,美人画,犬,蝶,バラ,オーナメント

梅雨入りしたみたいですねえ。

雨、多いんですかねえ。




今回は台湾旅行記の続きですよ。

3日目の夕方です。

タクシーで台北市中山区のある場所にやってきました。

この辺りは昼間はオフィス街。

となると、夜は繁華街。

日本式の飲食店やバーが密集する場所もあります。





元々夕飯の時にお酒を飲むという文化は無かった台湾。

なんなら飲み物が一切置いてないレストランもあるくらい。

日本人の影響も大きく、居酒屋形式のお店も出来てきました。

そんな居酒屋みたいなお店のことを「熱炒(ラーチャオ)」って言います。






この日の夕飯はそんな熱炒に行って見ました。

33区熱炒生猛海鮮(三三區熱炒 長安店)です。

15年営業されてる老舗店で、ローカル感ある庶民的なお店です。





これは拾った画像ですが、こんな感じで活きのいい海鮮も提供する熱炒店が多いです。

値段も安く、庶民的なのが売りです。

 


店内は広くて大人数で盛り上がることも多そう。

これも拾った画像。平日の早めの時間に行ったので、それほど混んではいませんでした。





色んなものがセルフサービスです。

なんて書いてあるかAIのGeminiに聞きたいんですが、システム障害で数日間、写真を見せれず、わかんないんです。。





ビールもセルフで取ってくるスタイル。

よく熱炒ではビールのメーカーから派遣されたであろう「酒促小姐」という、ビール姉さんがミニスカのコスチュームでビールのプロモーションを行うって知ってたんですが、この日は客が少なかったからかいませんでした。。残念。






こちらは台湾ビールの中でも珍しい、賞味期限が18日という「台湾ビール 18天生啤酒(タイワンピージウ シーバーティエン)」です。

加熱殺菌で酵母の働きを止める処理をしてないビールなんです。

普通に飲みやすいビールでした。





日本語のメニューもあります。

金額は台湾ドルで5倍すると日本円です。





定番の空芯菜を頂きます。

500円は日本より少しだけ安いのかな。僕には高く感じますが。。





チャーハンも500円。

あまり冒険せず、知ってるのを頼みました。






鶏肉とピーナッツのスパイシー炒め、1000円です。

四川省から伝わった料理だけあって、台湾に来て初めて辛いものを食べました。

どこの熱炒にもある定番料理です。

この前に行ったカフェで食べ過ぎたからお腹いっぱい。。

ここでオーダーストップ。





もっと地元の人がいっぱいで、盛り上がってる雰囲気を味わいたかったなあ。

でも初めて熱炒に行けたので良かったです。


つづく。